Feel the Beat もっと楽しく感じるままに 技術の降臨

PR

おいしい顔。降臨

東洋哲理の学問に出会い

その中で宿命論を学ぶことになり
最近、自分の宿命を
知ることになりました。
ガンから薬を使わずに
回復したことは奇跡と
よく言われてきました。
“何か、使命があるんだね”
“何かやることがあるから
生かされているんだね”
恐れ多くも、
そんな声かけをいただきながら
否定して受け入れず認めずに
これまで来ました。
そして、
己の宿命を知る時がきました。
万人に対して
誰一人欠くことなく
慈愛を持って伝えていく役目…
人々に寄り添い伝える
リーダーとして現れること…
私に宿る宿命として
もしもそれが事実だとしたら…
本日お話しすることは間違いなく
皆さんにお伝えしなくてはならない
私の役目のひとつなのかもしれません。
今、私は鹿児島に暮らしています。
霧島という
天孫降臨の地とも聖地とも呼ばれる
美しい自然界豊かな土地に暮らしています。
この鹿児島に
名古屋から移住した理由は、
鹿児島に知覧があったから。
正式に言うと、
知覧特攻平和会館があったからです。
霧島から車で走ると
約1時間半のところに
知覧特攻平和会館という
記念館があります。
ココには、
1945年まで続いた戦争の中、
「神風特攻隊」という作戦で
その生命を使って亡くなった
若い青年たちが書いた遺書などが
多く展示されて、遺されています。
本日は朝から支度をして
知覧特攻平和会館へ向かいました。
最近はナビが正面玄関を
案内してくれません。
『観音堂』のある会館の裏側の
駐車場を案内するのです。
“あぁ、観音様にご挨拶を
するように言われているのだな”
最近はそんな不思議にも
そう思うようになりました。
駐車場に車を停めて歩くと
こんな景色が目に入ります。
この辺りから胸がグッと
締め付けられる気持ちに
なるものです。
平和会館の正面へ向かう途中には
特攻隊の皆さんが出撃前に過ごした
三角舎があります。
リアルに再現されているので
中へ入るといたたまれない気持ちに
なるものです。
その奥には観音堂があります。


先ずは観音堂に立ち寄り
平和を願い、今の幸せに
心より感謝して手を合わせます。


それから、平和会館へ。
建物の中は撮影禁止なので
何もブログには載せられません。
ですので少し説明しますね。
中へ入ると壁沿いに、
若い青年たちの笑顔の遺影が
ずーっと並んでいます。
その真下には
ガラスのショーケースがあり
その中には遺影の青年たちが書いた
家族や恋人、知人へ宛てた遺書が
展示されています。
その遺影の青年たちのほとんどは
20代前半の若者たちです。
そして遺書はほとんどは
それはそれは見事な達筆。
その頃の教育の高さも
本当によく伝わりますが
何より…
そこに書かれている想いには
言葉を失います。
母への感謝を綴っている遺書は
特に本当に多くあります…
私も同じ世代の息子を持つ母。
さぞかし当時の母親たちは
身を引き裂かれるような
辛すぎる想いをしたのだろうと
容易に想像できる…
あまりにも辛い遺書の数々…
これを貰っても
喜びなど何ひとつなく
ただただ生きていて欲しかったと
心より願ったに違いない…
さらにその奥に進むと
いきなり飛び込んでくる映像…
多くの方が足を止めて
思わず見入ってしまう
4分間の映像です。
そこに映し出されているのは
今、正に笑顔で飾られていた
遺影の中の青年たちが乗った
零戦が敵艦に突っ込んで行く様子です。
船に向かって突っ込んでいく途中に
敵からの乱れ打ちの中で爆破して
砕け散る機体の数々…
ある機体は爆破されながら
そのまま船に激突していき…
ある機体は船にたどり着く前に
粉々に砕け散る。
ある機体は上空で撃ち落とされ
海に突っ込みながら爆破して
無傷な機体など一機もいない。
無数の敵の中に
突っ込んで行く姿、姿、姿…
皆さんは、
“決死”と“必死”の違いを
ご存知でしょうか。
決死は、
還ってくる見込みのある
作戦で使われます。
ですが必死は、
死ぬことが決まった作戦。
特攻隊の作戦のことなのです。
だから普段の暮らしの中でも
必死の思いで…と使われるときは
この特攻隊の想いと同じという
意味になります。
“必死”は、
死ぬ気でというような
甘いものではありません。
死ぬのです。
死ぬしかないという意味です。
遺書にもみかけました。
他にも“轟沈”という文字。
《撃沈》ではなく《轟沈》です。
しばらくいつものように

遺影や遺書を見ていると…
本日は終戦の日でしたから
語り部による生の講話があると
館内にアナウンスが流れました。
夏休みということもあり
高校生の男女のグループや
小学生ぐらいのお子様連れの
ファミリーも多く見かけました。
講話の所要時間は30分とのことで
短いなと思いながらも
息子と席につきました。
そして始まった講話…
見た目はもう
90歳を超えていそうな
男性の年配の方が前に立たれて
表情をピクリとも動かさず
淡々と語り始めました。
時折、目を瞑り
暗記している遺書や家庭の背景を
スラスラと全て口伝で語りながら
何人もの特攻隊員の悲劇を
伝えていました。
途中、高校生の男の子は
目を何度もこすりました。
小学生の女の子は
涙を拭きながら鼻をすすりました。
語り部の前の席の
年配の女性は何度もうなづきました。
特攻隊員のご両親が90歳になり
平和会館を訪れて涙ながらに
息子さんの話をされるときは
たまらず涙したと話す語り部に
会場から鼻をすする音が多くなりました。
ずっと、
胸がいっぱいの中
話も終盤になりました。
話の世界に入り込んでしまい
不思議な感覚になっていた中で
語り部は最後の方でこう言ったのです。
“皆さん、自由や平和が
一番幸せだと思いますけれども、

自由や平和は、光や空気や水みたいに
自然と与えられるものじゃないんですね。

平和は、タダじゃないんですね。

それなりの代償があってを分かって
いただきたい。”
と。
胸の奥にズシンと来た…
間違いなくそこに
何かが『ドン』と入りました…
“彼らは最期の時に決して目を閉じるなと
それはそれは厳しく指導を受けたんですね。”
たった30分の講話のはずだった。
“高く飛ぼうが、低く飛ぼうが
とにかく、滅多打ちにされるんですね。”
胸がいっぱい過ぎた。
30分が、死ぬほど長く感じられた。
高校生の男の子が耐えられずに
もう泣き始めていた。
“彼らの遺骨の骨壷には、
こうした紙が入っているんですね。
彼らの体は滅多打ちの上に爆破するので
骨や体の一部など何も残りはしないんですね。”
《今の平和や自由は、
自然に与えられているものではない》
“どうか皆さん、
ご自分の家族や、今ある平和や自由を
必ず、必ず、自分たちの力で守っていただきたい。
今を生きる私たちの平和や自由には
自然に与えられたものなど何ひとつない。
生の語り部の声には
大切な教育がありました…
講話を終えてから
強い衝撃を受けたまま
言葉にならない想いで
館内を進むと…
遺影やショーケースの展示の最後に
大西瀧治郎の遺書がありました。
神風特攻隊の生みの親と
言われる人物です。
そして日本史上、
稀にみる壮絶な死を選んだ人物。
以下は、
大西瀧治郎の書いた遺書です。
“特攻隊の英霊に日す、善く戦ひたり深謝す。 

最後の勝利を信じつつ肉弾として散華せり、

然れ共其の信念は遂に達成し得ざるに到れり、 

吾死を以て旧部下の英霊と其の遺族に謝せんとす。 

次に一般青少年に告ぐ。 

我が死にして軽挙は利敵行為なるを思ひ聖旨に副ひ、 

奉り自重忍苦するの誡ともならば幸なり。 

隠忍するとも日本人たるの矜持を失ふ勿れ。 

諸子は国の宝なり。 

平時に処し猶克く特攻精神を堅持し日本民族の福祉と、 

世界人類の為 最善を尽くせよ…”


終戦の玉音放送の翌日、
ひとりで自らの軍刀で、
重たい軍刀を手に取り、
腹を十字に切り裂き切腹で自決。


後に部下に発見されるが
手当も介錯も拒みます。
大西瀧治郎は

“できるだけ長く苦しんで
特攻隊員や遺族に責任を取って
死にたい”

という旨を伝えたと聞きます…

そして。
夜中から明朝まで
長く苦しんだ挙句に
息を引き取りました。
彼の遺書は
涙で濡れていました。
今の平和や自由は
自然に与えられたものではなく
誰かが創ったもの。
《今の日本は、幸せですか?》
これからの平和や自由は
あなたが創るものなのです。
大切なことはいつだってシンプル。
どうぞ今をたいせつに。
ライフデザインコーチ
松本美智子

降臨 最上の出会いをトヨタ店で

さて。引き続き。
なんなんだ!誰なんだ!、と。
え。なんのことかって?

↓コレ↓

光体物質。光はうちから?そとから?
近づいてみますと…。
近づいてもまだ光り続ける。
ようやく顔らしきものが浮かんできました。こんなにも光が飛ぶなんて。(それにしてもゴマのような目鼻立ちですナ)
窓から落ちる日差しが誰よりも好き
はい。我が家のお笑い担当、ライス君でした~。
(忠犬につき)わたしが近付くと立ち上がってしまわれました。
ライス君『母さん、僕は太陽が好きなんだ』ですって。
また別の日には。
娘のお城に居候するモフモフ。
妖しくカ―テンが揺れるその先には……。
誰だ!?
……もうわかっちゃった。
いつものお笑い顔が薄く見えるやん。
やっぱり、あんたかいな。
ライス君『僕もプリンス気分にひたりたいのサ』
母さんであるわたし、も意味なく買ってしまうよね。
ボストン・テリアグッズを発見すると、どうしても入手したくなる、わたし。(笑)
映画『Beauty and the Beast』を娘と鑑賞しました。(ちなみに今朝)
エマ様は美しいし、映画の世界観も美しいし、で、おB、すこし、泣いた(笑)
あまりにも素敵過ぎて映画をパチリするおB。
わたしも踊りたい!エマ様のように我が家のBeastと踊りたい!(え)
そういえば、パ―トナーとダンスクラスに通いたいね、と話してたんだっけ。一緒にダンス(日本でいう社交ダンスやサルサなどを考えております)を趣味に出来たら良いね、と盛り上がってたのだけれど、始められずにここまで来てしまいました。
化学療法が落ち着いてひと段落したら、ダンスクラスに通えるかしら。
やりたい事リストを増やしていくとどうにもこうにも、死ねなくなるネ(笑)
これも、わたしを生かしてくれている原動力である。
最近、凄いことに気づきました。
わたし、毎日、万単位、で髪の毛ごっつつおり、持っていかれてるのですが。
↓閲覧ごめんなさいわたしのワカメ、昨日未明↓
ホレ。あたいのワカメ。
とくとご覧アレor 目を閉じてスクロールしてください?
あたい、万単位で髪の毛抜けまくり~ノなのですが、万単位、でまた生えてきている?みたい。
抜けに抜けてはおりますが、なにやら、まだ見た目的に、は……?大丈夫、な、かんじ。
むしろ、抜けてはいるがまだまだ恵まれているわたし。
ありがとうございます。
御先祖様に大感謝です。大量の地毛をもつわたし。わたしのDNAと化学療法が闘っておりますね。
頑張れ~~~~~~~~~~あたいのワカメDNA
先程、わたしのフェイシャルをお任せしている方に『ミミ、抜けてたまつ毛が生えてきてるわヨ!』と、嬉しいお知らせを受けました。
化学療法は強いケミカルを使用しているが故に癌細胞のみならず、正常な細胞まで死んでしまいます。
しかし、この発見は、わたしの正常な細胞が『コンニャロメ』と、化学療法に立ち向かってきている証拠ではなかろうか。(常にポジティブ)
よし!頑張れよ~若いワカメたち~~~~~~~
ワカメ降臨、頼みますヨ~!
抜けたもんは仕方ない。
だから、丁重に敬い、葬ろうではないか。
グッバイ、old わかめ。ハローnewわかめ。
そして、先日にお会いしたこのフワモフたち。
正式な名前があるのかな。
わたしは、彼らの風貌から『びっくりワカメ』と名付けましたがのちに、ワカメぽくないな、と気付きました。
パ―トナーいわく『ジョ―ジ・ワシントン』
わたし『爆発ワカメ』
では、とくとご覧頂きたい。
わたしが見つけましたジェラシーワカメこと、フワモフ・ダックさんでス!
がび~ン。(古さは熟成ワイン並)
アメブロ様。
ひと記事に15枚、と写真掲載には規定がありました……!
わかりました。
続きは、その3、で!
(だけどすぐにアップするヨ!続きはCMのあとで、みたいでごめんネ)

PR

コメントは受け付けていません。